直哉くん

2005年6月21日 ドクター
彼は私の親戚です。
高校時代、県内で1番2番の高校の中で、いつもトップでした。親以上に祖父母に過剰な期待をされて、それでもそれに負けずにしっかりと医学部へ入りました。
しかし、留年はしなかったものの、あまり不合格者の出ない医師国家試験に落ち、一年国試浪人し、現在産婦人科医として働いています。
国試に落ちたと聞いたとき、正直驚きました。今までのこととあまりにもギャップがあって。ずっとずっと優等生できた彼が…って。
リンクさせていただいている方の中に、医学部生の方が何人かいらっしゃいます。その方々の日記を読んでいると試験に追われて、勉強の嵐で、本当に大変そうに思えてきます。それだけの試験や勉強をしているのに、(彼がどれだけ勉強していたかは分かりませんが)落ちる人は落ちるんだなって思いました。
でも、実際患者様の前に出たとき、国試に落ちていることは分からないし、どんな学生生活を送ってきたのかはわからないけど、私の中でいつも思っているところは、大学受験でいい偏差値を取って、いい大学に入ることも大切なことなのかもしれない。だけど、大学に入ったら、そのとき以上に勉強して、留年や国試浪人をすることなく、医者になりたい。
ある医師が書いていた本に、“患者はより優秀な医者に診てもらいたいという心理がある”って書いてあり、考えさせられる発言ではあったけど、実際自分が病気になったとき、いい医者に診てもらいたいって思うと思います。いい医者の定義がその人によって違うかとは思うけど、これだけの年齢になって医者になりたいって何年も思い続けてて、何度かすでに失敗しているけど、医学部に入ったら失敗せず頑張りたいです。
その前に、直哉くんに人のことを言う前に早く入ってみろよっていわれないように、今、もっともっと頑張りたいです。
いろいろ考えさせてくれる、直哉くんのお話でした。

宮崎先生

2005年5月31日 ドクター
彼は、ある大学病院で働いている医師であり、一時私も診てもらっていたことがある。不安定な私は振り回したり、八つ当たりをしたりしていた。そんなことから信用をしてもらえず、でも、親切にしてもらった。
医学部を目指している私は、受験のことも相談した。すごく親身になってくれて、すごく信用できた。だけど、急に負けたくない気持ちが芽生えて、先生のプライドも傷つけて、最後には怒らせてしまった。
先生は大学を首席で卒業し、今は大学院生にもかかわらず、学生の教育もして、海外に留学し、自らの研究も順調に進めている。しかも、家庭も持って、なんら不自由のないように見え、とてもうらやましくて仕方がない。
急に先生に会いたくなった。ただ、何も実績を残せていない自分が先生に会わせられる顔がない。3浪して、大学も中退して、一流企業に入社したにもかかわらず3ヶ月で辞めて、今はプー太郎の自分。先生とは全くの正反対の自分。

これから先のことがすごく不安。私は、24歳までに医学部に合格して、30歳で医者になって、研修医終えたら、宮崎先生とは全く違う救命救急に進むつもりでいる。だけど、うまくいくのかなって思う。頑張らなきゃ。

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